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私が身延山病院へ赴任したのは、昭和56年2月、今までいた医師が誰もいなくなり、新聞では峡南南部の医療砂漠と報道され、騒がれた時でした。山梨県よりの辞令でした。
創立して60年という歴史のある病院ですが、当時、老朽化した病院には新しい設備は何もなく、ご高齢の患者さんの療養の場といった感じでした。そんな中、皆様のご尽力の結果、十数年前より新病院が建てられ、増築を繰り返し、科目を増やしながら現在の形となっています。これまでの様々な困難と解決のために多くの議論を重ねた日々を振り返りますと、私はまさに感慨無量と感謝の思いで一杯です。今日も職員が一丸となって頑張り、研鑽を積み、少しでも良い病院をと考えております。
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